副住職の1ヶ月日記

副住職の1ヶ月日記

令和3年11月

笑って過ごそうよ

泣いてないかい
怒ってないかい
悲しいことがあるのかい
悔しいことがあるのかい
色々なことがあるのは
生きている証拠さ
泣いたらだめだよ
怒ったらだめだよ
試しに笑ってみようよ
誰でも悔しがっているのさ
思い通りにならない人生に
腹が立っても辛抱しているのさ
今日も笑って過ごそうよ
どんな状況でも送る一日は一日
笑おうよ辛くても悲しくても
今日も笑って過ごそうよ
今日という日を

これは奈良少年院生が書いた詩です。
確かに過ちは事実として、しっかり受けとめていかねばならないでしょう。自分が情けなくなって泣いたこともあるでしょう。いらいらして周りの人を怒ったこともあるでしょう。そんな自分を見つめ直して、悲しくても、悔しくても泣いてはだめだと言い聞かせています。
どんな気持ちでこの詩を書いたのか思っただけでも涙がこぼれてきます。もう大丈夫。この人はどんな辛いことがあっても、悔しくても、笑って生きていってくれるでしょう。
翻って私自身は日々こんな気持ちで生きているでしょうか? 腹が立てばすぐ怒る、悔しいとすぐ泣く……。まったくなさけないことです。どんな状況でも送る一日は一日。
笑おうよ。辛くても悲しくても、今日も笑って過ごそうよ……。
心して過ごさねばなりません。

令和3年10月

~日蓮聖人のお言葉「開目抄」より~
深く世法を識れば即ち是れ仏法なり

~答えはあなたの足元に~
「チルチルとミチルの兄妹は幸せの青い鳥を探し求めて旅に出ます。結局見つけたのは我が家の鳥かごの中でした」という『青い鳥』の話は有名です。
ところで仏法の究極は幸せとは何かに答えを出してくれるところでしょう。
その仏法はこう答えます。
「あなたは既に答えの上に立っているのだよ」と。

世法とは俗世の道理と解されます。私たちはそれを指針とし日々の生き方に答えを出しています。故にそれは往々にして変化し迷いを生む元ともなります。 一方、不変的な道理を示すのが仏法です。その仏法の究極である法華経はこう説きます。
「どんな状況にあろうと今のあなたをすべて受け入れなさい。すると、今あなたが求める答えの上に既に立っていたことに気付くでしょう。それが世法と仏法が合致するところです」
ではどうすれば今の私を受け入れることができるのか?
日蓮聖人は語ります。「南無妙法蓮華経を信じ唱えることが今を受け入れる姿である」と。

令和3年9月

~日蓮大聖人のお手紙より~
蘇生と申すはよみがえる義なり

~蘇生~
現代は環境保全と資源枯渇回避のため「リサイクル」が重要視されています。リサイクルとは不要になった物が再び命を吹き返すことです。この言葉を聞くとこんな話を思い出します。
「くず鉄というが鉄にくずはないんだ。集めて溶かし直せば車にも橋にも成って蘇るのだ。人も同じ。くずなど世の中に1人もいない」と。自信を失い落ち込んだ時、心の中で何度も繰り返します。腐るな、へこむな輝け我が命!

『法華題目鈔』
本書には日蓮聖人の信仰の根幹が所々に説かれています。その1つが「蘇生」という教えです。法華経以外の大乗経では釈尊の直弟子に対して「自己の完成のみを目指す者は如何に修行とはいえ成仏はできない」と言われていました。しかし法華経は違います。「あなたたちの修行の姿こそ自らは気付いていないかも知れないが、他を励ます立派な菩薩行なのですよ」とエールを送っているのです。正に絶望のどん底に陥っていた弟子たちは法華経によって蘇ったのです。一切の存在に命を吹き込むのが法華経であると日蓮聖人は明言されています。

令和3年8月

~日蓮大聖人のお手紙より~
法華経は女人の成仏をさきとする

~女性の力~
近年女性の地位向上が大いに叫ばれていますが、実はお釈迦さまはすでに3千年前に法華経を通して男女平等を宣言されていました。
ひと昔前までは洋の東西を問わず男性優位の考え方が当たり前でした。しかしその男性も母親がいなければ生まれません。
どちらが欠けても世の中は成り立たたないのは自明の理です。
再度根本に立ち返り考えて下さい。男(ひと)は女(ひと)があっての人なのです。

『千日尼御前御返事』
日蓮聖人のご遺文で注目すべきは女性に宛てた書簡が多い点です。本書は佐渡の住人で大信徒である阿仏房が身延の聖人を訪ね、その帰途に託された妻・千日尼への書状です。
夫が3度も身延へ来られたのも一重に妻の尽力によるものと称賛されています。これは本書に限らず聖人が常に女性の能力を高く評価されていた証左です。
聖人は今よく言われるジェンダーフリーに通じる思想をすでに持っておられました。それはすべて法華経から発していたのです。

令和3年7月

~日蓮大聖人のお手紙より~
霊山浄土にてはかならずゆきあひたてまつるべし
『是日尼御書』
―霊山の契り―

日本人の死生観に関する研究論文を目にしました。そこにはこんなアンケート調査が盛り込まれていました。
「あなたは死後の世界の存在を信じますか?」
調査対象は10歳から90歳までの男女100人。結果は67%の人が信じると回答したとあります。
今生ですべてが終わってしまうと思うのか。
それとも、人生の幕は降りてもその向こうに新たな舞台が始まると信じるかでは、今の生き方が大きく変わってくるのではないでしょうか。
「生き方が逝き方」という言葉がふと心に浮かびました。

『是日尼御書』
本書は佐渡の是日尼に対してで、夫が身延の日蓮聖人の下に給仕に上がったことへの礼状。
身延に入られた聖人はこの時期体調を大きく崩しつつも弟子信徒に対し精力的に教化活動をされていました。
しかし一方ではご自身の死期も脳裏をかすめておられたのかも知れません。
あの世、すなわち霊山浄土においても弟子信徒との変わらぬ契りを結んでおられたのです。

令和3年6月

~日蓮大聖人のお手紙から~
草木は雨ふればさかう 人は善根をなせば必ずさかう

草木は、雨が降れば生い茂る。人は善い行いをすれば幸せになれる。
とはいうものの、草木が成長したらどうなるか。人が幸せになったら何になるか。
「栄(さかえ)」の意味をもう一度考えてみたい。
草木が充分に潤い、生い茂ったことによって地球上にも清浄な環境が整う。
一人の人間が幸せになるだけでは世の中は決して良くならない。
今、世界が一番考えて行動しなくてはならないときだと思う。

令和3年5月

~日蓮大聖人のお手紙から~
  仏法を心みよ
『撰時抄』

コロナ禍自粛から自宅で簡単に、しかも豪華に美味しく作れるレシピがテレビなどで多く紹介されています。しかし、いくら創意工夫されたレシピでも実際自ら作ってみないとその美味しさは味わえません。大切なのは自分で試してみることです。何事においても「万事見て、学んで、やってみる」これがわが身につく極意です。況んや人生に味を醸し出す信仰においては決して忘れてはならない心得ではないでしょうか。まずはレッツ・トライ!

『撰時抄』

法華経『如来寿量品』に「汝取って服すべし」という教えがあります。自らが手を伸ばして自分の口に入れることで本当の味をかみ締められるというのです。それがたとえ苦くとも、どこまでも食らいつくことで真味が分かるのです。そしてその覚悟が最重要だと説いています。日蓮聖人の教えの根幹はここにあります。その叫びが「仏法を心みよ」なのです。「他人の解説を聞いて分かった気になるな。自分で試しなさい」これがこのお言葉の根底にあるのです。

令和3年4月

諸行無常―すべてはうつり変わるもの―

世の中のあらゆるものは一定ではなく、絶えず変化し続けているという真理です。世の中の物事は常に変化を繰り返し、同じ状態のものは何一つありません。

それにも関らず、私たちはお金や物、地位や名誉、人間関係や自分の肉体に至るまで、様々なことを「変わらない」と思い込み、このままであってほしいと願ったりもします。それが、「執着」へとつながるのです。

このような苦しみにとらわれないためには、ものごとは必ず変化するのだということ、全てが無常の存在であることを理解することが大切です。

令和3年3月

~日蓮聖人のお手紙より~
「孝養父母は第一にて候」
『窪尼御前御返事』より
―孝養―

「実に古くして新しき道は報恩のおしえなり 孝は百行のもとにして信への道の正門ぞ」という言葉があります。

昨今の風潮をみると「孝養」という言葉を耳にすることが少なくなった気がしませんか?しかし親への報恩は、すなわち自分自身の命の尊さを省みることにもなります。

そしてそれこそが信仰の出発点であり到達点でもあるのです。今月はお彼岸を迎えます。この機会に「孝養」と口ずさんでみて下さい。きっと何かを感じることができるでしょう。

令和3年2月

2021年2月16日は日蓮大聖人の800回目のお誕生日

本年の2月16日は日蓮大聖人ご生誕800回目のご聖日にあたります。全国の日蓮宗各寺院ではこのご聖日を記念して慶讃事業が企画されており、当山におきましても、子安堂・客殿・庫裡の改修工事が現在行われています。

子安堂につきましてはすでに完成いたしましたが、客殿・庫裡の方も順調に工事が行われています。完成いたしましたらお檀家様により快適に参拝していただけるようになりますのでお楽しみにしていてください。またお檀家様におかれましては、コロナ禍で厳しい世の中でございますが、ご協力の方お願いいたします。

日々私たちを導いてくださっている日蓮大聖人の800回目の記念すべき年でございます。共にこの事業を完成させましょう。

令和3年1月

~日蓮聖人のお手紙から~
法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる
いまだ昔よりきかず、みず、冬の秋とかへれることを
いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となることを
『妙一尼御前御消息』

新しい年を迎えましたが、新型コロナウイルスの感染が酷くなり不安は募るばかりです。

日蓮聖人は辛い状況でも信心に励むご信者を、「厳しい冬もやがて暖かな春となるように、正しい信仰をしているあなたは必ず苦難を乗り越えることができますよ」と励まされています。人生には、暖かな春のように幸せな時もあれば、冬のように苦しい時もあります。どんなに苦しい冬の日々が続いても、必ず春はやってきます。冬が秋に逆戻りすることはありえず、冬は必ず春になるのです!冬がずっと冬のままでいることも絶対にありえません。

同じように、この信仰をしている人は、どんなに苦しく辛いことがあっても、必ず乗り越えていくことができると教えられています。
苦しいことや多くの悩みがあるからこそ人生です。これを乗り越えてこそもっと強い自分になることができます。
コロナ禍の辛く、不安な今だからこそ、この苦難を乗り越えて行きましょう。