一乗寺一乗寺

副住職の1ヶ月日記

副住職の1ヶ月日記

令和3年7月

~日蓮大聖人のお手紙より~
霊山浄土にてはかならずゆきあひたてまつるべし
『是日尼御書』
―霊山の契り―

日本人の死生観に関する研究論文を目にしました。そこにはこんなアンケート調査が盛り込まれていました。
「あなたは死後の世界の存在を信じますか?」
調査対象は10歳から90歳までの男女100人。結果は67%の人が信じると回答したとあります。
今生ですべてが終わってしまうと思うのか。
それとも、人生の幕は降りてもその向こうに新たな舞台が始まると信じるかでは、今の生き方が大きく変わってくるのではないでしょうか。
「生き方が逝き方」という言葉がふと心に浮かびました。

『是日尼御書』
本書は佐渡の是日尼に対してで、夫が身延の日蓮聖人の下に給仕に上がったことへの礼状。
身延に入られた聖人はこの時期体調を大きく崩しつつも弟子信徒に対し精力的に教化活動をされていました。
しかし一方ではご自身の死期も脳裏をかすめておられたのかも知れません。
あの世、すなわち霊山浄土においても弟子信徒との変わらぬ契りを結んでおられたのです。

令和3年6月

~日蓮大聖人のお手紙から~
草木は雨ふればさかう 人は善根をなせば必ずさかう

草木は、雨が降れば生い茂る。人は善い行いをすれば幸せになれる。
とはいうものの、草木が成長したらどうなるか。人が幸せになったら何になるか。
「栄(さかえ)」の意味をもう一度考えてみたい。
草木が充分に潤い、生い茂ったことによって地球上にも清浄な環境が整う。
一人の人間が幸せになるだけでは世の中は決して良くならない。
今、世界が一番考えて行動しなくてはならないときだと思う。

令和3年5月

~日蓮大聖人のお手紙から~
  仏法を心みよ
『撰時抄』

コロナ禍自粛から自宅で簡単に、しかも豪華に美味しく作れるレシピがテレビなどで多く紹介されています。しかし、いくら創意工夫されたレシピでも実際自ら作ってみないとその美味しさは味わえません。大切なのは自分で試してみることです。何事においても「万事見て、学んで、やってみる」これがわが身につく極意です。況んや人生に味を醸し出す信仰においては決して忘れてはならない心得ではないでしょうか。まずはレッツ・トライ!

『撰時抄』

法華経『如来寿量品』に「汝取って服すべし」という教えがあります。自らが手を伸ばして自分の口に入れることで本当の味をかみ締められるというのです。それがたとえ苦くとも、どこまでも食らいつくことで真味が分かるのです。そしてその覚悟が最重要だと説いています。日蓮聖人の教えの根幹はここにあります。その叫びが「仏法を心みよ」なのです。「他人の解説を聞いて分かった気になるな。自分で試しなさい」これがこのお言葉の根底にあるのです。

令和3年4月

諸行無常―すべてはうつり変わるもの―

世の中のあらゆるものは一定ではなく、絶えず変化し続けているという真理です。世の中の物事は常に変化を繰り返し、同じ状態のものは何一つありません。

それにも関らず、私たちはお金や物、地位や名誉、人間関係や自分の肉体に至るまで、様々なことを「変わらない」と思い込み、このままであってほしいと願ったりもします。それが、「執着」へとつながるのです。

このような苦しみにとらわれないためには、ものごとは必ず変化するのだということ、全てが無常の存在であることを理解することが大切です。

令和3年3月

~日蓮聖人のお手紙より~
「孝養父母は第一にて候」
『窪尼御前御返事』より
―孝養―

「実に古くして新しき道は報恩のおしえなり 孝は百行のもとにして信への道の正門ぞ」という言葉があります。

昨今の風潮をみると「孝養」という言葉を耳にすることが少なくなった気がしませんか?しかし親への報恩は、すなわち自分自身の命の尊さを省みることにもなります。

そしてそれこそが信仰の出発点であり到達点でもあるのです。今月はお彼岸を迎えます。この機会に「孝養」と口ずさんでみて下さい。きっと何かを感じることができるでしょう。

令和3年2月

2021年2月16日は日蓮大聖人の800回目のお誕生日

本年の2月16日は日蓮大聖人ご生誕800回目のご聖日にあたります。全国の日蓮宗各寺院ではこのご聖日を記念して慶讃事業が企画されており、当山におきましても、子安堂・客殿・庫裡の改修工事が現在行われています。

子安堂につきましてはすでに完成いたしましたが、客殿・庫裡の方も順調に工事が行われています。完成いたしましたらお檀家様により快適に参拝していただけるようになりますのでお楽しみにしていてください。またお檀家様におかれましては、コロナ禍で厳しい世の中でございますが、ご協力の方お願いいたします。

日々私たちを導いてくださっている日蓮大聖人の800回目の記念すべき年でございます。共にこの事業を完成させましょう。

令和3年1月

~日蓮聖人のお手紙から~
法華経を信ずる人は冬のごとし冬は必ず春となる
いまだ昔よりきかず、みず、冬の秋とかへれることを
いまだきかず、法華経を信ずる人の凡夫となることを
『妙一尼御前御消息』

新しい年を迎えましたが、新型コロナウイルスの感染が酷くなり不安は募るばかりです。

日蓮聖人は辛い状況でも信心に励むご信者を、「厳しい冬もやがて暖かな春となるように、正しい信仰をしているあなたは必ず苦難を乗り越えることができますよ」と励まされています。人生には、暖かな春のように幸せな時もあれば、冬のように苦しい時もあります。どんなに苦しい冬の日々が続いても、必ず春はやってきます。冬が秋に逆戻りすることはありえず、冬は必ず春になるのです!冬がずっと冬のままでいることも絶対にありえません。

同じように、この信仰をしている人は、どんなに苦しく辛いことがあっても、必ず乗り越えていくことができると教えられています。
苦しいことや多くの悩みがあるからこそ人生です。これを乗り越えてこそもっと強い自分になることができます。
コロナ禍の辛く、不安な今だからこそ、この苦難を乗り越えて行きましょう。

令和2年12月

報恩(ほうおん)

“報恩”とは知恩と対になる言葉です。
周りから何かしてもらったら、その方へ「ありがとう」と感謝して恩返しする事は大切ですが、仏教ではさらに一歩先へ進めます。

「頂いている恩に気づく事(知恩)」が出来たら、今度は「自分も誰かに恩を送ること(報恩)」をします。つまり自分も誰かに自分の出来る事で「恩を送る」という行為が大切です。
「恩」を自覚したら、今度は「恩」を送って「恩の循環」をしてあげましょう。それは巡り巡って自分を幸せにする行為です。
「ありがとう、と言おう」「ありがとう、と言われよう」と意識して行動する事が大切です。

今年も残すところあと数日ですが、ほんの些細なことでも感謝の心を大切にしましょう。

令和2年11月

お会式とは

当山では11月9日にお会式法要というものを行っています。

お会式とは日蓮聖人がお亡くなりになられた日(ご入滅の忌日)に営む法要で、「報恩講」「恩命講」「御命講」ともいい、日蓮聖人に報恩感謝の意味を込めて行う法要です。弘安5年(1282年)10月13日にお亡くなりになられてから今年で739回目を数えます。松尾芭蕉の句に「御命講や 油のような 酒五升」とあり、元禄年間の頃には江戸を代表するような盛大な行事になっていたことが伺い知れます。もともとの「お会式」の意味は「法会の儀式」の略語であり、日蓮宗に限ったものではありません。

今年も終わりに近づいていますが、今一度生かされていることに感謝し、ご先祖様に手を合わせ日々お題目を唱えましょう。

令和2年10月

子安さん(鬼子母神とは)

当山に安置されている鬼子母神は安産や育児の神です。法華経護持の神でもあります。天女が胸に子どもを左手で抱いて、右手にはザクロの実を捧げています。鬼子母神は、日本だけでなくインドでも安産、子育て、子宝に恵まれるとされています。鬼子母神はまた、法華経護持の神として説かれていて、日蓮宗のお寺でも見ることができます。

鬼の妻で、1万の子どもの母(500人や1000人という説もあり)と言われている鬼子母神は、常に他人の幼児を食う悪女で、見かねたお釈迦様が、人間を救うと同時に、鬼子母神を救済しようと、鬼子母神の末子を隠してしまいました。慌てふためいた鬼子母神は世界中を7日間探し回って、お釈迦様に助けを求めたところ、子を失う母親の苦しみを悟らせ、仏法に帰依(仏教を信仰すること)させました。このことからお釈迦様は、いつの時代も子が親を想う気持ち・親が子を想う気持ちは変わらないということをお示しになり、仏法に帰依した鬼子母神は私たち法華経信仰者の守護神となったのです。

余談ですが、鬼子母神が仏法に帰依した時に頭の角が取れたという伝説があります。そのため各寺院によっては鬼子母神ではなく、「鬼」の字の上にある、チョンがとれた漢字を使った鬼子母神が存在しています。

手に持っているザクロの実は、お釈迦様が人間の子供を再び食べたくなったら、代わりにこれ食べるようにと手渡したとされています。ザクロにはたくさんの種がありますから、豊穣のシンボルともされて、魔除けの力があるとも言われています。

令和2年8月

先日、私の趣味の1つである釣りに行ってまいりました。釣っている魚はブラックバスという魚です。
世間では特定外来種に指定されていて、飼うことも釣って持ち帰ることも出来ませんが、釣りをしていてとても楽しい魚です。

知人に滋賀県出身の方がいるのですが、滋賀県の給食に琵琶湖で捕れたブラックバスが出されていたと聞いておどろきました。
白身でなかなか美味しいみたいです。元々は食用で入ってきたとか何とか・・・詳しくは分かりませんが私は食べたいとは思いません。

そんな中釣りをしていると、なんと56センチのビックモンスターを釣り上げました!
ファイト中は魚が針からバレないかどうかと、ものすごい魚の引きに足がガクガクしながら釣り上げたのを覚えています。
自己新記録で大満足の1日でした。

夏はバス釣りをする人にとっては激アツなシーズンです。また56センチオーバーのバケモノを釣り上げたら報告させていただきます。

9月19日からはお彼岸に入ります。ご先祖様への感謝の気持ちを持って、普段の生活の中で正しい行いをするように心がけましょう。

令和2年7月

夏のお経周りの季節がやってまいりました。
お盆お盆と言いますが、正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」と言います。
そもそもお盆とはなんなのかご存じでしょうか?

盂蘭盆(うらぼん)(お盆)は、お釈迦さまのお弟子の目連さまが、死後、餓鬼(がき)道(どう)(飢えて苦しみ、骨と皮ばかりの哀れな姿)に堕ちてしまった母親を救う供養の姿から始まりました。
それが日本に伝わり、推古天皇の時代(592~628)に、宮中の正式な行事として始まりました。
やがて、寺院の法要となり、次に一般化されて現在の供養の姿になりました。供養とは、花や物だけではなく、合掌する心や姿そのものです。合掌されて死者は安らかになり、生者は穏やかになるのです。
これがお盆です。

コロナ禍の中で苦しい世の中ではありますが、今一度先祖観というものを大切にしていただき、ご先祖様に感謝のお題目を捧げましょう。

令和2年6月

当山の副住職を務めさせて頂いております、杉田龍正(すぎた りゅうせい)と申します。

ホームページを一新するに当たって、「副住職の1ヶ月日記」というものを毎月更新させていただく事になりました。ここでは私の1ヶ月の出来事であったり、思ったことを書かせて頂きたいと思います。

最近はコロナウイルスの話題ばかりであまり良いニュースを耳にしませんね。その中でコロナウイルスによって亡くなった方が世界中にたくさんおられます。鎌倉時代、日蓮大聖人が在世の時にも疫病が流行し、死者がたくさん出たそうです。そのとき大聖人は法華経・お題目を読み唱え、疫病の終息を祈願しておられました。令和になった今の時代でも、私達は日々法華経を読み、お題目を唱えて世界平和並びにコロナウイルスの終息を祈っております。ですから檀信徒の皆様におかれましても、日々お題目をお唱えいただきまして私達と一緒にコロナウイルスの終息を祈ってまいりましょう。

合掌